食品のおいしさを化学する

トピック1「素麺の歯ごたえアップ!」

1. はじめに

 中華麺は、かん水と呼ばれる塩基性の無機塩を添加してグルテン組織構造の強化を図っている1,2)。これは、麺生地のpHが高くなると、グルテンタンパク質を構成するグルタミンやアスパラギンが脱アミドを起こして、それぞれグルタミン酸、アスパラギン酸に変化し、グルテン内部でのイオン結合が増えるという原理に基づいている3)

 この現象は、ゆで水を塩基性にすることでも起こり、重曹をゆで水に添加することで、ソフトな食感の麺を歯ごたえのある食感に変えることができる。

 ここでは、この技術を用いて、素麺のグルテン組織構造を強化し、調理耐性を改善することについて解説したい。


2. 素麺の強度

 素麺は夏場の手っとり早い炭水化物源としてわが国で人気の高い麺である。消費者庁の「乾麵品質表示基準」によれば、素麺は、太さが直径1.3 mm未満の麺と定められている4)。一般には、太さ0.9 mm程度のものが出回っており、中には、0.3 mm(三輪山本;白髪)や0.4 mm(麺舗ゆきやぎ;ゆきやぎ)といった、もはや芸術の域ともいえる極細の麺も存在する。

 この素麺を、水1リットルあたり約15 g(大さじ1杯)の重曹を入れた水で所定時間ゆでる。注意点としては、重曹は室温の水に加えることである。沸騰した水に加えると、急激な炭酸ガス発生が起こるため、たいへん危険である。

 重曹は、重炭酸ナトリウム(NaHCO3)の略称で、室温の水に溶いた状態では、pHが8程度であるが、加熱していくと、65℃で炭酸ガスを放出し、炭酸ナトリウムに変化する。炭酸ナトリウムは強塩基と弱酸の塩であるため、pHが11を超え、溶液は強い塩基性となる。この条件では、グルテンに含まれるグルタミンはグルタミン酸(図1)に、アスパラギンはアスパラギン酸に変化し、グルテン組織構造が強化される。

 通常の水と、重曹を加えた水でゆでた素麺の力学強度を測定してみた。図2に、ゆでた麺を、厚さ3 mm、先端をラウンド加工したアミルニウム製の刃でせん断したときの力と変形量の関係を表す。この刃はヒトの歯を模擬したものである。素麺は細く、再現性のあるデータが得られないので、4本並べてせん断試験を行った。図より分かるようにせん断強度は、約1.5倍になり、実際に食べてみても歯ごたえが明らかに増していた。また、麺の色は黄色になり、中華麺の香りがするようになった。


3. 調理耐性の付与

 これだけでは、細い中華麺という感じであるが、この調理法の真価はここからである。素麺を使った料理として沖縄のソーミンチャンプルーがある。ゆでた素麺、豚肉、ニラ、ゴーヤ、ニンジン、もやしなどを炒めた沖縄の郷土料理であるが、ともすると素麺に調理耐性がなく、ぶつ切れになってしまう。

 今回の重曹水でゆでた素麺を用いると、麺が硬くなり、長いままのソーミンチャンプルーができ上がり、食感も良好であった。


4.おわりに

 この現象はグルテンタンパク質のアミノ酸にグルタミンが多いという小麦粉固有の性質であるため、パスタ、うどん、さらには即席麺でも共通して起こる。即席麺は中華麺だろうと思われるかもしれないが、重曹でゆでることで明らかに歯ごたえが向上する。

 今回はとりわけ効果が顕著な素麺での調理耐性付与について紹介した。


5. 引用文献

1) 井上寿子,赤星千尋:家政学会誌, 12, 114 (1961)
2) Y. Pomeranz:”Wheat: Chemistry and Technology 3rd Edition Vol.Ⅱ”,AACC(1988)
3) 椎葉 究 編著:シリアルサイエンス, 東京電機大学出版局 (2014)
4) 長尾精一:小麦の機能と科学,朝倉書店(2014)