食品のおいしさを化学する

トピック2「サクサク天ぷらの化学」

1. はじめに

 小麦粉のタンパク質は水と結合してグルテンと呼ばれる粘性と弾性を併せ持つ物質になり、小麦粉食品の食感に大きな影響を与える1)

 パンや麺を作る時には、できるだけグルテンが形成されるように製造法を工夫するのであるが、逆にグルテンが形成されないようにする食品もある。その代表例が天ぷらの衣である。グルテンが形成されるように衣液を作り、天ぷらを揚げると、ボテッとした食感になり、天ぷらとしては失敗作ということになる。

 ここでは、天ぷらの衣液を事例として、グルテンの形成について化学反応論の立場から考察してみたい。


2. 衣液の作り方

 天ぷらの作り方に関する書籍をみると衣液については、以下のように記載されている。

 ボウルに卵を溶きほぐし、冷水を加える。冷水を使うとパリっとした衣に仕上がる。水の量は卵1個に対して5から6倍が目安である。ふるった薄力粉を入れて、箸で崩す程度に軽く混ぜる。粉が少し残っているくらいでよく、まぜ過ぎると粘りが出て、カラッと揚がらない。衣は揚げる直前に作る2)


3. 化学反応論的解釈

 天ぷらの衣は揚がった時に、サクッとした食感になることが重要であり、そのためにはできるだけグルテンができないことが必要条件である。グルテンの形成は小麦粉タンパク質中のグルテニンドメイン間のシステイン残基のクロスリンク3)であるから、クロスリンクが進行しないようにすればよい。冷水で衣液を作るのは、反応速度が温度に依存することによる。水と小麦粉の質量比は、だいたい2:1であることと、水の方が小麦よりも比熱容量が大きい4)という二つの理由で、小麦粉を冷やすよりも水を冷やした方が効果的である。

 水と粉を合わせる時に混ぜ過ぎないというのはシステイン同士が遭遇する確率を減らすためである。

  

 衣液を上げる直前に作る、というのは、時間経過によりグルテンの形成反応を進行させないためである。


4.新たな衣液の作り方

 上述のように衣液のレシピは、グルテンをできるだけ形成させないことに焦点が絞られている。そこで、グルテンの活性サイトであるシステインをあらかじめ失活させることを目的として、小麦粉を乾燥した状態で、電子レンジを用いて熱処理することを試みた。100 g程度の小麦粉を500 Wの電子レンジで1,2分熱処理するだけで、小麦タンパク質中のシステインは有意に失活し、冷やした水を使わなくても、しっかり混ぜても、さらには作り置きしてもカラッとした衣の天ぷらができることを確認した。


5.おわりに

 いろいろな処理をした小麦粉を所定の割合で水と混ぜ、迅速粘度測定装置(RVA)で測定した。図1にその粘度変化挙動を示す。最初は懸濁液が不均一で高い粘度を示すが、しばらくすると均一になる。

 この定常値を懸濁液粘度として各種衣液の粘度を比べた(図2)。冷凍処理というのはあらかじめ小麦粉を冷凍庫で十分冷やした衣液である。電子レンジ処理をした小麦粉の粘度が一番低くなり、電子レンジ加熱処理の有効性を確認した。

 以上のように、小麦粉食品のグルテンの形成制御は化学反応論的に考えることにより、アプローチが可能となり、さらには新たなアイデアによって、より効率的な製造プロセス構築ができうることを示した。


6. 引用文献

1) P. R. Shewry et al., Trends in Food Sci. & Tech., 11, 433 (2001)
2) 近藤文夫:天ぷらの全仕事, 柴田書店 (2003)
3) P.S. Belton, J. Cereal Sci., 29, 103 (1999)
4) S. Murata et al., Sci. Bull. Fac. Agr.,Kyushu Univ., 47, 93(1992)