2015年NHKの朝の情報番組において、ガステーブルに付属している魚焼きグリルで食パンを焼くとおいしいトーストになる、という話をしたところ視聴者から反響があった。その後複数の家電メーカーの訪問があり、魚焼きグリルを凌駕するオーブントースターを開発したいという話になった。
番組制作時に、おいしさを数値化できないかと要請され、トーストの品質は、表面がカリッとしていて、内部がソフトでモッチリした食感の場合においしいと感じる1)ことから、中心部分の水分含有率(以下水分率と呼ぶ)を指標とすることにした。すると興味深いことに、魚焼きグリルでトーストを焼くと、焼く前よりも焼いた後の方が中心部分の水分が高くなるという現象を筆者は見いだした。その要因として、強い火力とガスの燃焼に伴うグリル内水分の上昇が考えられた。
ここでは、意外性という意味で、いわゆるムペンバ効果2)にも似たこの新規な現象のメカニズムを明らかにし、水分率を指標とした高性能オーブントースターの開発について述べたい。
番組放映後、数社から高性能オーブントースターが開発され製品化された。それらについて食パンをトーストした時の中心部分の水分率を測定した。水分率測定は、米国穀物化学者会(AACCI)の公定法を用いている。また、焼成前の食パンの水分含有率は袋ごとに異なるため、袋ごとに焼成前のクラムの水分率を測定し、焼成前後の水分率差を指標とすることにした。図1に各社オーブントースターによる測定結果を示す。焼成時にスチームを噴霧する方式のB社製品は、魚焼きグリルに比べて、焼成後に水分率が上がらなかった。一方、起動後1秒未満で最大熱量に達する高性能ヒーターを採用したA社はスチーム噴霧していないにもかかわらずB社に勝る水分率を示した。この事実により、水分率上昇メカニズムは庫内水分よりも強い熱量が支配的であることが示唆された。なお、低出力のニクロムヒーターを用いている従来型のオーブントースターでは、焼成に伴い水分率が焼成前よりも低くなるという結果を得ている。
食パンを焼くことによって中心部分の水分率が上昇する現象は、既にWagnerら3)によって実験的に示されているが、そのメカニズムについては不明の状況であった。これに対して筆者は、強い熱量が一気にパンに加えられると、表面と中心部分で大きな温度勾配が形成され(図2参照)、一時的な低エントロピー状態になる。するとエントロピー増大則によって、その温度勾配をなくそうとして、水というエンタルピーが中心に向かって移動し、中心部分の水分率が焼成前よりも上昇するものと考えた。
一般に伝熱メカニズムは、熱伝導、輻射伝熱、対流伝熱の三種類があり、熱伝導は空気の物性であるため操作できないが、高出力ヒーターによる高い輻射伝熱とコンベクション機能による高い対流伝熱を組み合わせることにより、高品質なトーストが得られると考え、S社と共同開発をした結果、図1に示すように非常に良好な結果を得た。
強い熱量で一気に食パンを焼きあげると、トースト中心部分の水分率が焼成前よりも有意に上昇するという新規な現象を見いだした。この伝熱メカニズムに基づいた、高性能トースターの開発についてまとめた。